2月27日、月曜日9時40分過ぎ
個人事務所側のマンションから現れた2人の女性に続き、3人目の女性が建物の外から小走りに続く、
しかし、「入るんじゃない」ととめられる。
この女性の正体はいまだにわかっていないそうです。
3月1日、木曜日。
京都の中島知子実家。白い車に乗って出かけるお父さんを直撃。
取材ディレクター森田重雄さん「東京へ行かれましたか?」
しかし、無言で答えず。
その夜、おかあさんが玄関の硝子戸越しに応対してくれた。
「東京に行かれたんですか?」にお母さんはうなずく。
「娘さんには会えなかったんですか?」
「それはもうちょっとしたらわかります」
「元気ということは確認とれたんですか?」
「元気 大丈夫です」
「中島さんのお顔をおとうさんがちゃんと見られたということですか?」
「いま 娘さんに会いたくないですか?」
「何をおっしゃいます 会いたいですよ」
…娘を思う母の切実な思いというナレーション
3月2日金曜日には、報道陣にお母さんからお茶とお菓子が配られたそうです。
この森田さんという方、「いかれる」「会われる」とやたら「られる」をつけた敬語を使う。
この「られる」という言い回し、戦前、徴兵で引っ張られた兵隊さんが使った如き言い回し。
戦後も昭和50年代までは、
街宣車に乗った右翼のオジサンか学ラン姿の花の応援団くらいしか使わなかった。
とくに「いかれる」というのは発狂するという意味と重なるので禁忌でした。
近年テレビで「いかれる」を多用するのは「いらっしゃる」より短く放送しやすいからでしょうが、
もともと、「られる」敬語は男言葉であり、女性が使うとお里が知れるので注意しませう。